Special
フィクション・フィクション劇場@実際の人物、本誌には一切関係ありません。 ********** 【傍目八目−Lookers-on see most of the game.−】 (他人の囲碁をそばで見ていると、対局者より冷静で、八目先まで手が読める、という意味が転じて) 第三者は当事者よりも情勢が客観的によく判断できるということ。 EASY COME, EASY GO! クー・ヒズリがダークムーンの撮影現場にやってくるという。緒方監督などは既に緊張してとても固くなっているし、現場もやや、浮き足立ったピリピリムードである。 とある二人を除いては。 一人は、敦賀蓮という名の現在版の「月籠り」嘉月役でオレのマネージング担当。もう一人は、キョーコちゃん、今の未緒役であり、蓮が密かに思いを寄せているのであろう女の子。 キョーコちゃんにいたっては、なぜか現場で料理の支度を始める始末。台本はもう頭に入れてあるのかエプロンをして、ご飯を炊き、野菜を沢山刻んでいる。現場全員分は作れるのではないかという大きな鍋の横で、蓮は、刻まれた野菜を鍋に入れて、キョーコちゃんを手伝っている。 そしてキョーコちゃんは、蓮に、「その昆布をハサミで刻んで・・・あぁっ・・・もうちょっと大きくっ・・・くすくす・・・そうそう、それぐらいの大きさで・・・・じゃあ、全部刻んで入れておいてください」と言って、楽しそうに料理を続ける笑い声が聞こえる。 ――あぁコレが、本物の恋人絵図なら、なんて幸せな一場面だろう・・・・。 思わず、ふぅ〜〜〜〜〜〜と長く、ため息に似た息を吐き、頷きながら横目でその二人の様子を伺っていると、ざわざわ・・・・としたスタッフの声が近づいてきたから、件の人物がやってきたのだというのは言われずとも目に見えていた。 「おはようございます!!」 気合の入った挨拶を返す声が続く。 ・・・・・スタジオに入って来た。 何を言うか、どうするかと誰もが息を呑んだ第一声。 「あれ、京子・・・・はどこだ?」 キョ、キョーコちゃん? 蓮で無く? 「キョ、京子さんは・・・あちらで・・・」 と、緊張した面持ちで返答をする緒方監督をよそに、その視界にキョーコちゃんを入れたクー・ヒズリは、おもむろに近づき、やはり蓮にではなく、キョーコちゃんに何事かを告げると、また戻ってきた。 蓮も寄って来た彼に、(怖いぐらいの超自然笑みで)軽く会釈をする程度で、鍋の中を覗いたクー・ヒズリに、キョーコちゃんは「まだ全然出来上がりませんよ。」と、言って、恋人絵図に割り込んできたクー・ヒズリに、それはとても自然に、答えた。 「オレは京子が作る料理でも見ているから、オレは単なるスタッフの一員だと思って・・・あまり気にせずいつも通り撮影を続けてくれ。」 流暢な日本語・・・と言うべきなのか、元々半分日本人なのだから、当たり前というか・・・・普通の日本人と同じイントネーションで言ったそれを聞いた緒方 監督は、「は、ハイ、今日はよろしくお願いします!」と答えたものの、一瞬、本当にそれでいいのだろうか、と困惑した感情が見て取れた。「どうした?撮影 をしないのか。」とクー・ヒズリに言われて、蛇に睨まれた蛙のように・・・カチリ・・・と固まって、動かなくなった。それでも、昔に比べれば随分とプレッ シャーには強くなったのだろう。しばらくして、いつものように、穏やかにスタッフに声をかけ、美月と、操のやり取りを撮る準備に入った。 「君が、彼・・・のマネージャーだね?」 ――な、何っ・・・? 気付いたら目の前に、超大物が立っていた。 「社、と申します。宜しくお願いします。」 咄嗟にいつもの癖で、懐から名刺を取り出し、取引先相手のように畏まって渡してしまう。超一流企業の社長かのような、威圧的で力強いカリスマオーラを発す る彼は、手にした名刺を見て、「彼について何年?」「歳は?」「出身はどこ?」「好きなものは?」と立て続けにプロフィールを聞いてくる。 一つ一つを聞かれるがまま、オウム返しのように素直に答える。薄い茶色のサングラス越しに見える瞳からは、あまり感情は読み取れない。そして、横にクーの マネージャーや、睨みをきかせるセキュリティーポリスが何重にも重なり、彼と会話をしているのに、背の高い外国人数人に囲まれて、やはり、蛇に睨まれた蛙 になったのは、自分もそうであっただろう。 「そうか、君は囲碁が得意か。渋い趣味だ。・・・そうだな、久しぶりにやろうじゃないか!おい、誰か・・・・囲碁のセットを。オレはココで囲碁でも打ちながら撮影を眺めることにする。」 「は・・・・?」 ・・・お、オレがっ・・・クー・ヒズリの相手をするのか〜〜〜〜〜???? 誰もが腫れ物を扱うように彼を丁重にもてなし、緊張を続ける中、一番ほっとした顔をしたのは、今日は現場でクー・ヒズリについてくれ、と言われていた若い スタッフのようだった。そのスタッフが慌てて、「囲碁のセット・・・・備品室からお持ちしますので・・・少々お待ち下さい。」と、頭を下げて、走って出て 行った。 どかり、と用意された椅子に座って足を組み、彼は悠然と撮影準備を眺めている。 相変わらず蓮はこちらには寄ってこないし、キョーコちゃんも台本や現場どころではなく、隅の隅で料理を続けている。 味を見たキョーコちゃんが、蓮にも味見皿を渡し、「どうですか・・・?」と言った。味を見てもらっているようだった。すぐに、にこり、と笑ったから、きっ と、「美味しい」とでも言ったんだろう・・・・そんな様子をクー・ヒズリは横目で見ていたようで、「あの二人はいつも“あぁ”なのか?」と、ぼそぼそ、オ レに聞いてきた。 あの二人が仕事中に仲良くしているのを咎められるのかと思って、少しだけ分からないフリをした。 「“あぁ”・・・とはどういう意味でしょうか?」 「アレは・・・付き合っているのか?」 「いえ。」 「そうか・・・・ブツブツ・・・・。」 何かをもごもごと口の中でブツブツと独り言を繰り返した彼は、飛んでやってきた囲碁セットを前に、「さあやろうじゃないか。」と言って、広げた。 「音は入らないだろうが・・・一応石は音を立てずに置いてくれ。」 「はぁ・・・。」 なにやらとんでもない事になってしまったと思った。 撮影を見に来たのじゃないのか、この男は・・・・・。 手が進む中で、彼は、ちらり、ちらり、と蓮やキョーコちゃんのいる方を気にする。蓮とキョーコちゃんが仲良くしているのがそんなに気になるのだろうか? ――クゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。 「・・・・・・?」 「あぁ・・・・腹が減った・・・・腹が減ってはこの戦に負けるではないかっ・・・・この碁盤が戦場だったらオレは既に首をはねられているか切腹モノだぞ・・・・ブツブツ・・・・京子は一体何を作って手間取っているのだっ・・・・ブツブツ・・・・・。」 ・・・・・・・・・・・この御仁は腹が減ったのだろうか・・・・まさか、今日朝からキョーコちゃんが料理を作り続けている理由は・・・・・・・・・・。 「タイム、だ。少々待ってくれ。アレを見てくる。」 そう言って、立ち上がると、再びキョーコちゃんの作る鍋に近づき、「まだダメですよっ」と言う傍から、キョーコちゃんの持つお玉を取り上げ遮って、半分煮込まれた大根を数切れ皿に盛って、戻ってきた。蓮は相変わらず、その様子を見守るのみ。 「待たせたな。コレで少しはオレにも勝機がやってくる。・・・おかめ、おかめが重要だ・・・・。」 「おかめ、を知っているんですか。詳しいですね。」 「オレは元日本人だからなっ。」 それにしても、つまみ食いの大根の煮物片手に真剣に碁を打つ世界屈指の俳優・・・・・・など・・・・どこを探してもきっと、彼だけだろう・・・・。ある意味、オンリーワンスターなのか。 日本人よりも日本人らしい彼に、変な親近感と共に、碁を黙って二人で打ち続ける。 碁盤を前に真剣に石を見つめていたから気付かなかったのだが、彼は、ちらり、ちらり、と大根の煮物鍋の方を見ていることに気付いた。 「クーさんの番ですよ。」 「・・・あ、あぁ。」 初めてほんの一瞬だけ、動揺した表情を見せた。何を見ていたのか。煮込んでいる鍋・・・?いや、それは無いだろう。やはり、二人があまりに仲がいいのが気 に入らないのだろうか。蓮が、いつまでたってもこちらに帰って来ないのも、気になる。彼は、再び、ぼそぼそぼそ・・・・と声をかけてきた。 「・・・・・・・アレは・・・・・人に迷惑をかけていないだろうな。」 「アレ?」 「アレだ・・・このドラマの主役の男だ。」 「蓮、ですか・・・・?えぇ・・・彼は日本中の誰もが認める温和主義者ですから。」 「・・・・ほう・・・・。」 「蓮が何か気になりますか・・・?」 「いや?俺がかつて主演したこのドラマを穢すような事をしていなければ、いいんだ。」 そう言って、今度はちら見ではなく、しっかりとスタジオの端を見据えた彼は、ふう、と息を吐いた。 「おかめ、おかめが重要だ・・・・。」 もう、あとは煮込むだけになったのか、蓮とキョーコちゃんはようやくこちらにやってきた。蓮はオレの横に座り、静かに台本を広げた。キョーコちゃんがクー・ヒズリの横に立つと、クー・ヒズリから声をかけた。 「おかめだぞ、京子。仕事によらず、何においても、おかめが重要だ。先の先まで読むんだぞ。」 「はい・・・?おかめ?・・・・クーさん。あと少しですからね。」 「・・・・・・お前のせいでオレはもう少しで切腹モノだったんだぞ。おかめになれなくなるだろう。」 「・・・・切腹?」 「・・・・・おかめ、おかめ。さて次の手は・・・・・。」 再び碁盤に目を通す彼の横に、キョーコちゃんが屈む。 「クーさん。そのシャツのボタン。取れそうです。」 「・・・・・・・・・・?ああ・・・この服は好きで良く着ていたからな・・・・。」 少しだけゆるっとしたボタンに気付いたキョーコちゃんは、「今お裁縫の道具を持ってくるので・・・」と言って出て行き、戻ってきて、「動かないでください ね。動かれると針を刺しちゃいますから。」と言って、糸を針に通すとクー・ヒズリの前に跪き、その取れそうなボタンを縫おうとした。 「待て。クーの身体に針が当たったり、刺されては困る。」 えらく流暢な日本語で、ガタイのいいセキュリティーポリスの一人が、キョーコちゃんに話しかけた。 「あ、すみません・・・。」 「仕方ないな、脱ぐから、付けてくれ。この服は気に入っているんだ。」 バサリ・・・・と勢い良く、まるで映画のワンシーンのように優雅にシャツを脱ぐと、香水の香りがほのかに漂う。しかも彼は、さすが屈指のアクション俳優、 身体それ自身がが服のように完璧だった。さすがにその様子に、スタッフも控えの俳優人も、急に脱いだ行為に驚き、感嘆で息を呑んだ。それでもやはり顔色が 変わらないのは、蓮とキョーコちゃんだけだった。 器用にあっという間にボタンを取り付けたキョーコちゃんからシャツを渡されると、再び映画のワンシーンのようにそれを羽織り、襟を正すと、「お前は器用だな。」と言った。 「縫い物は趣味ですから。」 褒められた事に気付いていないのかどうなのか、針と糸をケースにしまいながらキョーコちゃんは、まったく腫れ物を扱うどころか、例え超VIPであろうとも、あっさりと答えた。 クー・ヒズリは、新しく付きなおしたボタンを指で遊んで、そして、なぜか蓮に向かって、にやり、と笑みを見せた・・・・(ように見えた)。 そう言えば、蓮君は・・・・。 「・・・・・・・・・・。」
蓮君は、そのクー・ヒズリの視線を、無表情のまま、視線を逸らしてよけた気がした。そういえば・・・今日は現場に来て、特にクー・ヒズリが来てからというもの、殆ど声を発していないのじゃないか・・・・?
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